2005年09月17日

シチリア島---場所別ログ---アグリジェントの巻

神殿.JPG
シチリア島の南西部に位置する古都アグリジェント。
古都と言っても当然紀元前。Before Christ 5 Centuryです。
古代よぉ。
ギリシャ時代に、本当に神殿ばかり良く建造したものです、ギリシア人たちは。
その”神殿の谷”で有名なアグリジェントの古都は、今でも3キロ四方に渡って遺跡が残っているので、観光しながら歩いて2時間はかかります。
AGRIGENT−ヘラ神殿2.JPG
私は神殿通りの東側から見学を始めました。
最初はヘラ神殿。標高120mの丘の上に建つ紀元前460年頃のもの。紀元前406年にはカルタゴの侵攻にあって炎上し25本の柱が残っているのみ。
こうして、石を綺麗にするなどの修復を重ねているので、古代ギリシア人の建築への情熱みたいなものを、約2500年の時を隔てて垣間見ることができるのですよね。
TOMB 2.JPG
遠く離れたヘラ神殿から次のコンコルディア神殿まで向かう間に、神殿通りの左(南)側には、お墓も兼ねた城壁のような塀が続いています。
穴の中はお墓です。
AGRIGENT-コンコルディア神殿.JPGAGRIGENT-コンコルディア神殿3.JPGAGRIGENT-コンコルディア神殿.JPG
神殿の谷の中では、最も原型をとどめているコンコルディア神殿。
ディオクスロイ神に捧げるために紀元前450年頃建築されたそう。
コンコルディアとは、「調和・平和」を象徴するローマの女神のことだそうです。
前面に6本、側面に13本の柱という計38の柱からなっています。
キリスト教時代には、側面の壁にアーチを開けられてしまっており、民族の大移動、支配者の推移とともに、建造物を流用し、改築を施された様を、悠久のときを隔てて今に伝えています。
AGRIGENT-ジュピター神殿2.JPGテラモーネ−柱2.JPG
やっと観光が終わるのかぁ、と思いましたら、神殿通りの西端と21世紀のアスファルト道路がクロスする道の向こう側にまだ遺跡が・・・。
神殿の谷自体が市街地だったことを考えると当然か。
ほんま広いでっせ。(←と、いきなり関西弁やおまへんかぁ〜)
ジュピター神殿です!
今までの神殿と同時代に建築が予定され、未完成のままカルタゴの侵攻にあい、その後の地震で瓦礫の山と化してしまったそうです。
神殿の柱には7.75mという人の形をした柱の装飾がなされていたそうです。
凄いですねぇ。写真はそのレプリカです。今は考古学博物館の中にあります。
大きいです。目を閉じて、完成し、柱にこの人型がかかっている所を想像してみます。
うぅぅ〜ん。
AGRIGENT-カストール・ポルックス神殿.JPG
そして、そのジュピター神殿から、まだまだ先のカストール・ポルックス神殿を臨みます。
残念ながら時間の関係で、足を伸ばせませんでしたが、1832年にこうして周辺の瓦礫を集めて修復された形で建つコーナーの形の神殿です。

侵攻、支配者の変遷、異宗教への改築、ヘレニズム期の修復、地震という地球上の部分的な歴史の流れの中で、本当に古代へのロマンに思いを馳せることができます。

皆様も、是非この写真をご覧になりながら、遠くシチリア島のアグリジェントへ思いを馳せてくださると、嬉しいです。


posted by ひみちゅ at 11:01| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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